彼女の部屋(3)@忘れられない女

僕は彼女の腕の中にいた。
「どうして、あの子にふられたの?」
彼女は不思議そうに尋ねた。
「……どうでもいい」
友達にも戻ろうと言ったら、泣いた奴が、僕のことをふったと言っていた。
僕は答えようがなかったし、本当にどうでもよかった。
僕のことを何でも分かってくれる彼女は、このことに関しては僕の心が読めないようだった。
どうしてふられたのか。彼女に執拗に尋ねられた。
僕は、終われたらどうでもよかった、と言い続けた。
このとき、もっとちゃんと説明しておけばよかったと、今は思う。

僕は彼女の腕の中にいた。
「君は本当に私のことが好きだったの」
彼女はまだ半信半疑だった。
「僕はずっと憧れていた」
「君は憧れていただけでしょ。私は好きだったわ」
彼女は言った。
「だって、あなたは結婚してるはずだったもの。僕からは手を出せなかった。でも、今は、僕はあなたが好きだ」
僕は言い返した。
「本当に?」
「僕はあなたが好きだ」
何度、同じ言葉を繰り返しただろう。
彼女は黙り込んで、僕の手を、彼女の胸元に持っていた。
「本当にいいの?」
今度は僕が尋ねる番だった。
彼女は黙って、ゆっくりと首を縦にふった。
僕はドキドキしながら、シャツのボタンをひとつずつ、外していった。

僕は彼女の唇に唇を重ねた。
全身全霊で彼女にぶつかった。
「君って、野獣みたいなキスをするのね」
彼女はクスクス笑いながら言った。
「だって、嬉しくて嬉しくて、たまらないんだもの」
僕が照れながら言うと、彼女はまたクスクス笑った。
年上の女は僕をリードしてくれて、何もかもがスムーズにいった。
こんなのは初めてだった。
気持ちよくて、心も体も溶けてしまいそうだった。
この女が初めての人だったら、どんなに良かっただろうと、僕は思った。
気持ちいいのか、苦しいのか分からない、女の声が部屋に響き渡った。
「ごめんね。背中に爪たてちゃった」
彼女は恥ずかしそうに言った。

僕は彼女の腕の中にいた。
「相性はぴったりね。でも似た者同士って上手くいかないのよ」
彼女は言った。
「これから、どうしたい?」
突然すぎて、彼女の言葉の意味が僕には分からなかった。
「今は分からないけれど、僕はあなたが好きだ」
僕は言った。
「絶対に幸せにしてくれる?」
「僕はあなたが好きだ」
「一生、愛し続けてくれる?」
「僕はあなたが好きだ」
「絶対に裏切らない?」
「僕はあなたが好きだ」
年上の女の言葉が、僕に重くのしかかってきた。
僕はあなたが好きだとしか言えなかった。
「お互い自信がないのね……」
彼女は寂しそうに、うつむいた。
そして、僕の身体にかみついてきた。
僕はなんだか彼女に責められている気がした。
彼女は、僕の首や胸や腕に、傷跡を残した。

僕は彼女の腕の中にいた。
彼女と一緒にいられる時間が幸せだった。
この瞬間が永遠ならいいのに、と僕は思った。
朝なんて来なくてよかった。
でも、朝が来ない夜がないことも、僕は知っていた。