彼女の部屋 (2) @忘れられない女

「知らなかった……」
「私も知らなかったわ」
憧れの女が、僕のことを好きだったなんて、僕は夢にも思わなかった。

僕は彼女の腕の中にいた。
暗闇の中に、彼女の白いスーツがぼんやりと浮かび上がる。
「なんだか夢みたいだ」
僕は言った。
「あら、今頃になって、都合が良すぎるわ。エッチがしたいだけじゃないの?」
僕は否定した。
「それなら、どうして私とは話をしてくれなかったの?」
「だって、恥ずかしかったんだもん」
僕は言い返した。
「あなただって、僕が話しかけても、相手にしてくれなかった」
「恥ずかしかったから……」
彼女は言った。

僕は彼女の腕の中にいた。
「君は誰からも本当には愛されないわ」
彼女は言った。
どうして愛されないのかと尋ねると、僕はいつも仮面をかぶっているからだと、彼女は言った。
私も同じよ、と彼女は言った。
そして、彼女は本当の自分のことを、僕に語りだした。
子供の頃に、大好きだった父親が、理由も分からず、自殺して、人間不信になったこと。
父親の死で、家族は崩壊し、母親はアルコール中毒、姉は精神科通いになったこと。
他にも、いろんな話をしてくれた。
彼女の人生は僕の想像を絶していた。
平凡な僕とは、正反対の人生を生きていた。
彼女の話を聞いていると、彼女の深い悲しみが、僕の心に流れこんできた。
「今度は私が甘える番よ」
彼女は話し終えると、僕の腕を彼女の頭の下に持っていった。

彼女は僕の腕の中にいた。
頼りない腕枕だなぁと、僕は思った。
彼女の頭をなでてあげると、私こうしてもらうの大好きなんだ、と彼女は喜んだ。

僕は彼女の腕の中にいた。
「君は本当に人を好きなったことがない」
彼女は言った。
どうして、そんなことまで分かるんだろうと僕は不思議に思った。
心が麻痺してるのよ。人を好きになるのも訓練が必要なんだと、彼女は教えてくれた。

僕は彼女の腕の中にいた。
深い悲しみを背負った女の腕枕は、とても優しかった。
彼女に話をすると、自分のことが段々と分かってきた。
彼女は僕の固い殻を破って、僕の中に入ってきてくれた。
そして、僕の凍りついた心を溶かしてくれた。
彼女は僕以上に、僕のことを理解しているようだった。
生まれて初めて、自分のことを理解してくれる人に出会えて、本当に嬉しかったし、幸せだった。

「本当の私を知って、私のこと嫌いになった?」と彼女は言った。
初めて、自分のことを理解してくれた人を嫌いになるわけがない。
僕は彼女に抱きついて、「もっと、好きになった」と答えた。
彼女は驚いた様子だった。
きっと、本当の彼女を受け入れられるか、試していたんだと思う。

「ところで、どうして、あの子にふられたの?」と彼女は不思議そうに尋ねた。
ふられた???
僕の頭の中は真っ白になった。
どうして、ふられたの? と尋ねられても、僕には答えようがなかった。

僕は彼女と出会う前に、取り返しのつかない失敗をしていた。