彼女の部屋(1)@忘れられない女

出会いは突然やってくる。

クリスマスを間近に控えた冬のある日のことだった。
テレビの映りが悪いから直してほしいと、彼女に頼まれて、僕は軽い気持ちで引き受けた。
そして、僕は彼女の部屋を訪れることになった。
彼女の部屋を訪れる日、なぜだか僕はお風呂で念入りに体を洗った。
まさかと思いながらも、何かが起こる予感があったのかもしれない。

彼女と映画鑑賞を楽しむために、僕はレンタルビデオ屋さんに立ち寄った。
彼女から借りてきてほしいと頼まれた映画があったけれど、内容が暗かそうだったから却下した。
どれにしようか迷ったせいで、約束の時間に少し遅れて、彼女のマンションの最寄の駅に着いた。
駅に着いたことを電話で伝えると、彼女が迎えに来てくれた。
駅に現れた彼女は、白いスーツを身にまとっていて、とても大人びて見えた。

彼女のマンションに向かう途中で、コンビニに立ち寄って、おでんと赤ワインを買った。おでんだけでは物足りないからと、僕がカレー味のカップヌードルを買うと、彼女は複雑な表情をしていた。彼女は最初からその気だったのだろうか。

僕と彼女は、お喋りしながら、彼女のマンションに向かった。
「女が一人で生きていくのって大変なのよ」
彼女は寂しそうに言った。

日が暮れて、薄暗くなってきていた。
見知らぬ街を、憧れの女と歩いている。僕には現実感がなかった。

マンションの二階にある彼女の部屋の前までやってくると、
「男の人がこの部屋に入るのは初めてよ」
と、彼女は言った。

「お邪魔します」と言って、僕が部屋に入ると、一番目立つ所に、見知らぬおじさんの写真が飾ってあった。
この男の人は誰? と僕が尋ねると、子供の頃に亡くした父親だと、彼女は教えてくれた。
彼女の父親は、彼女が子供の頃に自殺していた。
彼女は父親のことが大好きだったと言っていた。
父親のお葬式の日、彼女の母親や姉たちは泣いていたが、彼女だけは泣かなかったらしい。
悲しすぎると、涙もでないそうだ。
後から、彼女の胃に穴が開いていたことが分かったらしい。

彼女の部屋には、工具がなかったので、結局テレビのアンテナの配線をいじって、テレビの映りを良くすることはできなかった。
仕方がないので、お食事をすることにした。

僕は自分の家では、いつも自分の部屋に料理を運んで、テレビを観ながら、一人で食事をしている。高校生の頃からだろうか。なぜなら、真面目で堅苦しい親と一緒の部屋にいると、息がつまりそうになるからだ。

彼女はおでんを皿に移し変えて、ワインを用意してくれた。
テーブルを挟んで、僕は彼女と向かい合った。
おでんはあまり好きではないんだけど、彼女と食べたおでんは、とても美味しかった。
同じ空間に人のぬくもりがあるって、幸せだ。それが憧れの女性だったら、なおさらのことだ。

食事を終えると、僕が借りてきた映画を観ることにした。
彼女が食事の後片付けをしている間、僕はどの映画を観ようか迷っていた。
そして、アーノルド・シュワルツネッガー主演の「ジングル・オール・ザ・ウェイ」を観ることにした。
クリスマス前だったし、僕のお気に入りでもあった。おもしろおかしくって、親子の心のすれ違いが、とても切ない映画だ。でも、ハリウッド映画よろしく、もちろんハッピー・エンドだ。
映画のチョイスが少し子供っぽかったかもしれないと今では思う。
彼女は、私も観たかったけど見逃していたの。と喜んでくれた。
本当に喜んでいたのかな? 彼女は人一倍、気を遣う性格だったから、僕を喜ばせるために喜んでいるフリをしてたのかもしれない。今となっては分からない。

彼女は食事の後片付けを終えると、僕の隣に座った。
彼女との距離が急に縮まった。
彼女はなんだかソワソワしていた。
部屋の灯りを消して、ビデオの再生ボタンを押した。

映画を観ながら、彼女と話をしている間に、終電の時間が近づいてきていた。
楽しい時間が過ぎるのは、どうしてこんなに早いのだろう。
神様はイジワルに違いない。

彼女は「どうする?」と僕に尋ねた。
僕はまだ話し足りなかった。
どうしようか迷っている間に、終電の時間が過ぎて、結局、僕は彼女の部屋に泊まることになった。

夜が深まっていった。
映画のエンドロールが流れると、部屋は薄暗くなって、静まり返った。
僕はなんとなく隣に座っている彼女の腕をとり、自分の頭にもってくると、二人は横になった。
僕は彼女の懐に入り込んで、腕枕をしてもらっていた。
言葉は交わさなかった。しばらくの間、沈黙が続いた。
僕が彼女の顔を見上げると、彼女は僕を見下ろしていた。
そして、次の瞬間、彼女の顔が近づいてきて、優しくくちづけをしてくれた。

僕は驚いて、沈黙を破った。
「知らなかった……」
「私も知らなかったわ」
彼女は言った。

こうして、二人は出会った。
僕には突然すぎる出会いだった。
そして、少し遅すぎる出会いだった。