本に挟んだ古い記憶(山田詠美「トラッシュ」)@忘れられない女

彼女と親密になっていく過程は、正直あまり記憶にない。

彼女は、すでに別居して、仕事を始め、自立しようとしていた。

彼女は仕事が忙しく、会うことはできなかったが、どちらからともなく電話をかけて、話をするようになった。

当時、僕はまだ携帯電話を持っていなかったから、彼女は家の電話にかけてきた。
僕は彼女からの電話の音を聞き分けることができた。
もうすでに、恋に落ちていたのだろうか?

彼女との電話は、お互い分かりあえて、幸せな時間だったような気がする。

ひとつだけ、鮮明に覚えていることがある。
当時、僕は山田詠美の「トラッシュ」という小説を読んでいた。
そのことを彼女に言うと、偶然にもその小説は彼女の愛読書だった。
今から思えば、彼女は「トラッシュ」の主人公の女性にどことなく似ていたかもしれない。
「トラッシュ」を読み返せば、彼女の記憶も、鮮明に甦るかもしれない。
でも、あれ以来、一度も手にしたことがない。

そんなこんなで、意気投合して、親密になっていったのだろう。
憧れの女で、10歳近くも年上の女が、僕に好意を抱いているなんて思ったこともなかった。
やがて、僕は彼女の部屋に誘われることになる。
大人の女が、男を部屋に招きいれる意味を、子供だった僕は知らなかった。