ヘレンケラーおじさん


ミスドで読書をしたときのお話。
ミスドや喫茶店での読者は僕のリラックスタイムであると同時に、人間観察も楽しみのひとつだ。
今日も読書をしながら、お客さんの様子を見ていると、僕の目の前で一人のおじさんが紙を取り出して、字を書き始めた。
僕と目が合ったおじさんは、言葉が話せない、耳が聞こえないとジェスチャーで教えてくれた。
偶然、僕の隣に座ったおじさんは、筆談とジェスチャーで僕に話しかけてきた。
僕が読んでいた本を指差して、手を横に振る。
本が読めないらしい。
取り出した紙に何かを書き始めた。
6歳のときから、学校に行っていないと教えてくれた。
81歳で健康だと教えてくれた。
息子はトヨタの重役だと教えてくれた。
ちょっぴり、誇らしげだった。
水戸黄門と書いて、印籠をかざす決めポーズをする。
遠山の金さんと書いて、桜吹雪の決めポーズをする。
どうやら、時代劇が好きらしい。

他にこのおじさんのことを僕は何も知らない。
僕は勝手にヘレンケラーおじさんと名づけた。
言葉が話せない。
耳が聞こえない。
学校にも通っていない。
おじさんは、どんな人生を歩んできたのだろう。
僕の貧しい想像力では暗い人生しか思い浮かばない。
でも、おじさんは暗さなんて微塵も感じさせない。
明るい笑顔で立ち去った。

人の数だけ人生がある。
僕は81歳になったとき、おじさんのように、明るく笑えるだろうか。
おじさんにはちょっぴり生きる勇気をもらった。
僕はパニック障害というハンディーを背負ってしまったけれど、おじさんのように明るく笑えるような、豊かな人生にしたいと思った。